子どもはしつけなければまともな大人に育たない

子育て

現在も私は高等学校の講師として働いています。
しかし、日々強く感じることは、
今の大人は本当に子どもたちをきちんとしつけて、
まともな大人に育てようという気持ちが
あるのだろうか、ということです。

いまの高校生はじめ子どもたちは、
あまりに親に甘やかされて
育っている子どもが多いです。
愛情があればこそ、
生活習慣に関してはきちんと見て、
しつけることはしつけ、
怒るべき時には怒らなくてはいけません。

今の親は、子育ての厳しさから逃避して、
相手が子どもであるのに、
友達感覚で一緒に暮らし、
まともな大人に育てるという意識が
あるのだろうかと
不思議に思うことが多すぎるのです。

まず、ルールを守る大切さを知りません。
家庭にルールがないのでしょうか。
秩序が保たれているのでしょうか。
品のある行動をすることを知りません。
食べ歩きします。
どんなところでも地べたに座り、
清潔感に対する感度がありません。
服装がだらしないです。
公の場で人にどうみられるか、
不快感をあたえないか気にしません。
ため口を平気で使います。

目上のものに対する礼儀、敬意を示さず、
自分たちの未熟さを自覚していません。
人の話を聞き、
自分で責任を持って行動する意識が足りません。

自分がきちんとしていなくても、
誰かが、親がやってくれるだろうという感じで、
他力本願の子どもが多すぎます。

でもこれは、全て親の責任、
教師の責任、大人たちの責任です。

そして、甘やかして育てた結果、
親は子どもを疎んじ、
重荷に感じて苦しむことになるのです。

本来子どもは親にとって
天使のような可愛い存在であるはずです。
もちろん3歳までは子どもに
ひたすら愛情をそそぐことが重要です。しかし、
その後は愛情を持って見守り続けながらも、
1年ごとに子どもから1メートルくらいずつ
離れて行き、手をかけることを減らして行き、
自分で考え、
自分で行動できるようにしつけていくことが肝心です。

基本的な生活習慣が身に付くように教え諭し、
導くことが必要です。
子どもがきちんとした大人になるために
必要なことを根気よく教え、
わがままが過ぎれば叱ることも必要です。

怒られながらやっと気がつく、
身に付くこともたくさんあると思います。
子どもを叱ることはエネルギーがいりますが、
親としての重要な責任であり義務であるでしょう。
自分の子どもが社会に迷惑をかけていないか、
気を配るのは親として当然でしょう。

娘が小学4年生だった
参観日を見に行った時のことです。
授業で娘が手を挙げたとき、
先生があててくださり、娘は答えました。
先生は「みんなに聞こえるように、
もう少し大きな声で言って下さい。」
とおっしゃいましたが、
その後何度そうおっしゃっても、
娘の声は大きくなりませんでした。
うちの娘は今はとってもいい娘ですが、
成長過程でなかなか頑固なところがあり、
私を怒らせたものです。

その参観日があった夜、
娘に対して私の雷が落ちたのです。
「なぜ、先生がもう少し大きな声でって
 おっしゃっているのに、
 その気持ちに答えられないの?」
「大きな声で言ったもん。」
「言ってない。」
「言ったもん。」
「言ってない。」の押し問答。
最後に「あなたは先生をなめているのか。
大人をなめているのか。ああいう授業では
みんなにあなたの声が聞こえなければ、
授業がうまく進まないでしょう。
それを協力する気持ちがないのか。
あなたには少しでも
大きな声をだそうとする努力が、
気持ちがみられなかったよ」と
私は大きな声を出して怒ってしまいました。

そんな怒り方が良いのかどうか
はっきりとはわかりませんが、
とにかくこういう子どもとの問答は、
子育て中果てしなく繰り返されました。
子どもは怒られてこそ、
感じのいい大人になっていくと思います。
決して子どもに勘違いをさせて、
わがままに育ててはいけないと思います。

気持ちのいい子どもに育てていこうとする
親の努力が、
親子ともども幸せになる方法だと、
日々今時の子どもたちと接していて、
強く感じるのです。

今目の前にいる子どもたちだって、
真の心根は
可愛いところのある子どもたちばかりです。
ただ、しつけられていないだけなのです。
大人たちは大人としての責任と自覚を
取り戻す必要があると強く感じる毎日です。

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