文系で陸上(競技)オタクだった息子が医者になった理由1

息子のこと
大体のお家でもそうだと思いますが、
我が家の教育方針は、子どもの進路は
子ども自身が自由に決めて良いと言うことでした。
できれば世の中の多くの人のお役に立てる職業をと、
子どもが小さい頃から言ってきかせましたが、
子どもたちはそれに対して
「どんな仕事でもお役に立てる仕事だと思うよ」と
親に向かって言い返してくるような子どもたちでした。
でも、そう言いつつも、親である私たちは
「反社会的でなければどんな仕事をしてもいいし、
どこの学校(お金はないので公立)に行ってもいいけれど
どんな仕事に就こうとも勉強はしておかなければならない。
勉強をしていろいろなことがわかった上で、
職業は自由に選びなさい。」と言っていました。
だから、我が家の子どもたちは、
文武両道を目指しつつ、様々な経験をしつつ、
自分自身でよく考え、
学校や進路を決めようと心がけていたと思います。
そしてその決定過程が親もびっくりするような
ユニークなものだったので、紹介したいと思いました。
特に医者になった息子は予想もしない展開で
進路を決めましたので、長いお話にはなりますが、
その過程を小説風にお話ししたいと思います。
名前や学校名、地名などは
仮名になっていますのでご了承ください。

気持ちの良い五月晴れの午後、
浩介からの携帯電話に由美子はどきっとさせられた。
今日は浩介にとって初めての春の高校総体で、
姫子山陸上競技場に早朝から出かけていたのだ。

陸上競技は小学校四年生のスポーツ少年団から始めて、
中学三年間も継続してきた。
6年過ぎても陸上競技への情熱は高まるばかりで、
文武両道を掲げ陸上部も盛んに活動している。

近江西高校に入学し、
高校でも陸上競技に熱中しようと意気込んでいた。
入学したてにも関わらず、経験を認められ、
いきなり400メートルハードルに
エントリーさせてもらったと喜んでいる。

朝が弱い由美子だが、
小学校から続けている息子の陸上狂には
付き合わざるを得ない。
早起きして消化が良くボリュームたっぷりの弁当を
ぎゅうぎゅう詰めてもたせた後は、
ただただ戦勝を願って笑顔で家を送り出した。
高校総体は四日間もあり、
個人競技が多いゆえにスケジュール日程はめいいっぱいで、
朝から夕方までご苦労なことだ。
まだ初日の午後、総体中はいつもなら家を出かけたら
帰ってくるまでなしのつぶての浩介が、
電話をかけてくるとは一体どうしたと言うのだろう。

「お母さん・・・」
「どうしたの?」
「苦しい・・・」
「どこが?」
「胸が・・・」
「どうな風に?」
「なんかおかしい。やばい感じ・・・」
「心臓?」
「わからないけど、息がしにくい」
「大丈夫なの?救急車呼んでもらわなくていいの?」
「それほどじゃない。でもなんとなく苦しくて。
もう家に帰ろうと思う」
「大丈夫?一人で帰れるの?迎えに行こうか?」
「帰れそう。でも帰ったら病院行きたいから
待ってて・・・」
「わかった。そろそろと帰ってくるのよ。
無理だったらすぐに連絡してね」

陸上競技を始めて7年目。
こんなことは初めてで胸騒ぎが止まらない。
しばらくすると帰ってきたので、
急いで近くの呼吸器内科の個人医院に連れて行った。

「破れてますね」
と胸のレントゲン写真を見ながらK先生は言った。
「えっ?何がですか?」と由美子は返した。
「右肺です。肺が破れてこんなにしぼんでいるので、
息が苦しいんですよ」
「えっ?肺って破れるんですか?」
「破れますよ。風船みたいなもので
薄い皮の部分が破れてしぼんでしまうことを、
自然気胸と言います」
「走り過ぎたから破れたってことですか?」
「いえ、走り過ぎたと言うことではなくて、
急激に背が伸びた若者の場合、
肺の成長が追いつかなくて肺の表面に
薄い面ができることがあるのです。
そしてそこが破れることがあるのです」
「はあ。そんなこと初めて聞きました。
確かにうちの子は背が小さかったのに、中学の時、
ぐんぐんと背が伸びてびっくりする程でした。
でも、まさかこんなことがあるなんて・・・。
ただただびっくりです。
それで、一体どうすればいいのでしょうか」
「肺は右肺と左肺と二つあるので、一つが破れても、
もう一つが破れていなければ息はできます。
二つ一緒に破れてしまえば命に関わりますが。
破れた肺もそのまま安静にすれば
自然に破れたところがひっついて元に戻ります。
自然治癒と言いますがその時は
再発率が50パーセントです。
もう一つの方法は胸腔鏡手術をして、
穴を縫って塞いでしまう方法です。
その時は再発率が20パーセントくらいに下がります。
どちらにせよ大きい病院の呼吸器内科を
受診された方がいいので、紹介状を書きますね。
市民病院で僕の大学の先輩が
呼吸器内科の部長をされています。
その道のプロでいい先生ですから大丈夫ですよ」

青天の霹靂とはまさにこう言うことだった。
由美子は、その年になるまで
肺が破れて萎むことがあるとは知らなかった。
双葉のような左右の肺の片方が、
浩介のレントゲン写真で見たこともないほど小さく
萎んでいるのを見た時の衝撃は尋常ではなかった。
栄養に気を配り、手塩にかけて
息子の成長に尽力してきた由美子にとって、
息子の身体が大きく傷ついていることも受け入れ難かった。

「自然気胸は病気というより怪我のようなものです」
とK先生は説明したが、
「急激に背が伸びた結果起こる」とは、
なんと皮肉なことだろう。

K先生に紹介状を書いてもらうのを、
由美子と浩介は待合室で待つ。
いつもは明るくエネルギッシュな浩介が、
身体を強張らせて唇を噛んでいる。
由美子は隣にいる浩介の身体の震えから
浩介が泣きそうになるのを押し殺しているのを知った。
「くっ、くそう。なんで俺が。走りたいのに。
これからなのに。くそう。なんで、なんで・・・」

由美子はやる気満々だった息子の無念さを
可哀想だとは思いながらも、
母親としては何よりも命を、
健康を祈らずにはいられなかった。
こんな身体で陸上をするなんて無理なんじゃないか。
こんなことになった以上、
陸上を諦める必要もあるのではないかと。
ショックのあまり
どんどん心配が深まっていく由美子には、
この時浩介が何を考えているのか知る由もなかった。

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