文系で陸上(競技)オタクだった息子が医者になった理由5

子育て

高校2年の間、浩介は念願通りに
陸上競技に打ちこむことができた。
朝練から始まり、
放課後の日没までの毎日の練習。

今日のダッシュ、今日の坂登り「一番だった!」
と言いながら嬉しそうに夕飯を食べる
浩介の顔を見ていると、気胸で悩まされた
1年生のことが遠い昔のような気がしてくる。

実際、タイムは着実に伸びていき、
春の総体では400メートルハードルも
1600マイルリレーも、
表彰台に上がることができ、
近畿大会出場を果たしたのだった。
どちらも中距離のきつい種目だ。
気胸を乗り越えた上での成績なので、
頑張った浩介を褒めてやりたいと由美子は思った。
2種目で出場した近畿大会では
どちらも予選落ちであったが、
手応えを感じた浩介は、
その後ますます闘志を燃やしているようだった。

近畿大会後、3年生は引退するので、
2年生から新しい部長と副部長が選出される。
3年生を含んだ部員全員の
投票によって決められるのだが、
浩介は「部長に選出された」と興奮して帰ってきた。
由美子は、「高校時代を満喫しているのね」と
その熱の込め方に呆れながら、
浩介の部活動が最後までやり遂げられるように
祈らずにはいられなかった。

部長になってからの浩介は、
ますます部活動に夢中になり、
寝ても覚めても陸上競技のことで
頭がいっぱいの様子だった。
冬は走り込みの季節で、坂ダッシュがメインになる。
毎日のように校外に出て、
近くの坂のあるところまで練習に行く。

リーダー的存在になればなるほど、
使命感を燃やし情熱的になっていくタイプの浩介に、
陸上部員たちは圧倒されていたようだ。
陸上マガジンを読み込み、
理路整然と効率的な練習について熱く語る部長の浩介に
部員たちは従い、近年にも増して
意欲的に練習に取り組むようになった。

浩介は自らに厳しい姿を部員たちに示すことによって、
部員たちの士気を高めようとしていた。
夜遅く練習から帰ってきた浩介は、
興奮も冷めやらぬ様子で、
充実していた練習の余韻を語った。

「坂ダッシュの時、まず自分が最初に全力で走る。
1本1本手を抜かず全力で走る。最後の部員が走る時、
 自分も一緒に走って、他の部員より1本多く走る。
 俺は多く走っても、競争しても負けない。」と。
「見て!この筋肉。ムキムキだろう?」と
鍛え上げた太ももを見せびらかすのだ。

「部活の後、円陣になってその日の練習の反省会を
 毎日やってるんだけど、
 俺も部長として気がついたことを話してるの。
 いろいろ気がつくことがたくさんあってね。
 その後顧問の先生が話すんだけど、
 俺がもうほとんど話しちゃってるから困るって
 言われてるんだよなあ。」と
どこか誇らしげに語ってくる。

「それはそれはご苦労様。立派なことだと思うよ。
 でもねえ、朝から晩まで寝ても覚めても
 陸上陸上って言うのはどうなんでしょう。
 そんなに練習して、
 人より1分1秒速く走ったからって、
 世の中の何の役に立つんでしょう。」

勉強そっちのけのあまりの熱の入りように、
由美子は思わず憎まれ口を叩かずにはいられなかった。
将来の進路も決まらないまま
明けても暮れても陸上に打ちこむ浩介。
「こんな様子だと現役で大学に進学するのは
 難しいだろうなあ。
 そもそも将来何になりたいのか全く見えてこないわ」

「俺、コーチかトレーナーになりたい」
「貴方に水を差すのは悪いけれど、
 もともと素質はそれほどではないんだから、
 一流の陸上選手にはなれないだろうしなあ。
 コーチとかってインターハイまで行くような
 一流選手だった人が引退してなるものなんじゃないの?」
「俺らはインターハイ目指して頑張ってるよ」
「あらまあ。予選落ちだったくせに」
「だから来年の近畿大会では絶対に決勝に残ってみせる。
 みんなそのつもりでやってるんだから」
「まあまあ、そんな調子だと、
 現役で大学に行くなんて到底無理そうね・・・。
 でも、もうすぐ高三なんだから何になるか、
 何学部に行くか少しは考え始めないと・・・。
 そんなに人に教えるのが好きなんだったら、
 体育の先生になりますか?」
「俺、教師は嫌なんだよなあ。
 陸上は好きだけど、他の競技には興味ないし。
 球技なんててんでダメだし。
 仕事で体育教えたいかって言うとそうじゃないんだよなあ」
「あっそう。とにかくもうすぐ高三なんだから、
 しっかりしてよ」

折に触れ同じような堂々巡りの会話を
繰り返すばかりの浩介と由美子だった。

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