文系で陸上(競技)オタクだった息子が医者になった理由2

子育て

翌日、紹介状を持って市民病院の
呼吸器内科の部長であるT先生の診察を受けた。
K先生が言っていたように、
ベテランらしい余裕のある様子のT先生は、
昨日のK先生も話していた自然治癒と
手術の両方について説明をしてくれた。

「自然気胸はね。肺の病気の中では軽いものでね。
病気と言うより怪我みたいなものです。
私も手術を何回もしてきましたが、
一度も失敗したことがありません。
昔は肺の手術は開胸したので
大掛かりで大変なものだったのですが、
今は3箇所に穴を開ける胸腔鏡手術になったので
随分簡単になりました。一つは内視鏡、一つは照明、
一つは縫製器具を入れる穴を開けて行います。
全身麻酔を使いますし、
麻酔が切れた後はしばらく痛みますが、
ダメージは少ないので、
痛みが引いたら1週間くらいで退院できます」

 いくら簡単な手術だとは言っても、全身麻酔だの、
3箇所胸に穴を開けるなどと聞くと
由美子は心配で胸が苦しくなった。
「自然治癒で治す場合は、
2週間ほど重いものを持たず、
体育の授業も休んでもらいます。
学校の授業を静かに受けるくらいは大丈夫ですが、
とにかく安静を第一に生活します。そうすると、
萎んでいた肺の破れたところが自然にひっついて
穴が塞がります。穴が塞がったら、
肺にまた空気が入って元の大きさに戻るんですよ」

「破れていたところが自然にひっついて
治ったりするものなのですか?」と由美子が尋ねると、
「手や足の皮膚が切れたり傷ついたりしても、
時間が経つと傷口は塞がるでしょう?それと同じで、
風船が萎んだようになっている肺も萎んだ皮膚が
自然とひっついて破れたところが塞がるのです。
ただ、自然に塞がった穴なのでそれほど強固ではなく、
そこが再び破れる再発率は
 50パーセントと言われています」
「手術で穴を縫った場合は?」
「再発率は20パーセントに下がります」
「それでも20パーセントなのですね・・・」

それなら手術で身体を傷つけず、
自然治癒にした方が良いのではないかと
由美子が思い始めた時、
隣に座っていた浩介が突然口を開いた。
「手術したいです。手術してください。お願いします」
「えっ、なんで?手術するの?大変じゃない!」
「僕は陸上競技を頑張ることが一番の願いなんです。
高校で陸上頑張ろうと思っていたんです。
一刻も早く走れる身体になりたい。
少しでも再発率の低い方がいいです。お願いします」
「手術で3箇所も身体に穴を開けるのよ。
麻酔が切れたらきっと痛いよ。全身麻酔の手術だよ」
「いいから。どんなに痛くてもいいから。
僕は走りたい。一刻も早く練習がしたい」
「そうですか。そんなに陸上がしたいのなら、
手術した方がいいかもしれませんね。
一度ご家族でよく話し合ってください」と、
T先生は息子の熱い申し出に圧倒された様子で答えた。

家に戻ってきて、近くで一人暮らしをしている
祖母の光枝にも相談したが、
70歳を過ぎた光枝でさえ
気胸のことはよく知らなかった。
光枝も由美子と同様、
全身麻酔で3箇所も身体を傷つける手術だと聞いて、
心配ばかりが先に立った。
さすがに高校の教員をしている父親の仁志は、
高校生で気胸になる者が
時々いると言うことは知っていた。
自然治癒で治すもの者や、
手術する者など様々だと言うことも。
しかし、まさか自分の息子が当事者になろうとは
思ってもいなかったらしく、当惑していた。
中学生の妹の純子も、家族に降って湧いた騒ぎに
ただただ呆然としていた。

 家族会議でも浩介の
「陸上を思い切りしたいので、
 手術を受けさせてください」
と言う気持ちに変わりがなかった。
あまりの強い意志に家族中が受け入れるしかなかった。
小学生の時から頑張ってきた
陸上競技に対する浩介の情熱に、
応えてやるしかない状況だった。

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